価格転嫁を考える(下)「取適法」が中小企業の救世主となるには
「スマイルカーブ」と呼ばれる概念がある。製造業のバリューチェーン(価値連鎖)を横軸に、付加価値・利益率を縦軸にとると、グラフは笑った口のようなU字型を描く。
上流の研究開発・設計や、下流のブランディング・販売・アフターサービスは付加価値が高く、利益を生みやすい。一方、中間に位置する製造・組み立て・加工の工程は付加価値が低く、利益率も薄い。
つまり、町工場の多くが担う加工領域は、構造的に「稼げない」位置にある。技術力を磨いても、設備投資を重ねても、バリューチェーン上の立ち位置が変わらなければ、利益は生まれにくい。最近では、そのカーブの溝が深くなっているように思えてならない。
転嫁への心理的・実務面でのハードル
こうした構造的な問題に加え、大手企業の調達慣行が重なれば、町工場の経営が行き詰まるのは時間の問題だ。「適正価格」の掛け声だけでは現場は変わらない。
担当者の評価制度、調達部門の組織文化、そして長年染みついた「下請けは安くて当たり前」という意識…。これらが変わらない限り、いくら個々の企業が努力しても報われない。廃業を選んだ関係者の言葉が頭をよぎる。「結局、声を上げても届かないんですよ」
こうした中小企業の声なき声に、ようやく法律が応えようとしている。
中小企業を不当な取引から守る「中小受託取引適正化法」(通称・取適法)が2026年1月から施行された。従来の「下請法」を大幅に改正したもので、急激な物価上昇が続く中、中小企業が適正な価格で取引できる環境を整備し、発注者が受注者に一方的な負担を押し付ける古い商慣習を改める狙いがある。
従来使われていた「下請け」という言葉は、上下関係を連想させる響きがあることから、取適法では法律上の呼び方が見直された。「親事業者」は「委託事業者」に、「下請事業者」は「中小受託事業者」に改められ、取引関係が対等であることを明確にした。
取適法の大きなポイントは「価格協議の義務化」が明記された点だ。受注者(中小企業)が、口頭を含め価格の見直しを求めた場合、発注者が「値上げの話は受け付けない」と門前払いしたり、不当に低い価格での取引を強要したりすれば、法律違反となる。
発注者には協議のテーブルに着く義務が課せられ、価格協議の求めを拒否することや、具体的な理由を説明せずに値上げを受け入れない行為は違反となる。
こうした仕組みにより、今後はサプライチェーン(供給網)全体に価格転嫁が定着するかが焦点となる。
しかし、法律ができたからといって、すぐに状況が好転するとは限らない。取適法の実効性は、結局のところ、中小企業が声を上げられるかどうかにかかっている。長年の取引関係を壊したくない、報復が怖い、そもそも交渉の仕方が分からない。こうした心理的・実務的なハードルは依然として高い。
発注側の大手企業が自らの調達慣行を見直し、サプライチェーン全体で付加価値を分かち合う意識を持たなければ、法律は絵に描いた餅に終わるだろう。
(総合情報誌「ニューリーダー」にて連載中)







